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転落の女王 第五話・奴隷の焼印
サラ女王を幽閉してから一日が経った。
その間にリース公爵は、各地の有力者達へ自分に従うよう記した密書を送った。そして朝方になってから、自ら私兵を引き連れ適当な山賊を討ち取るために出陣していった。
主の空けた屋敷の中で、アマンダは一人ほくそえみながら地下室への階段を下りていく。
女王の座に着く日も近いとなれば、自然と笑みが浮かんでくるのも無理からぬところだった。さらには、常に自分よりも上の位置にいた姉を引き釣り下ろし、奴隷の立場にまで貶めることが出来たのだから尚更だ。
サラ本人がどこまで自覚していたのか定かではないが、あの他人を全て自分よりも劣っているのだと見下す目には、反感も抱く者も少なくない。アマンダもその中の一人だった。
実際に歴史を動かすほどの器量があるのかも知れない。だがそれ以上に、サラは世界の全てが意のままだとでも思っている節があった。
二年前の宮廷闘争の結果、妹であるアマンダが狒々爺のリース公爵の許に嫁ぐことが決まってしまった時、サラは妹と共に悲しんではくれたが、しかしその力の全てを持って破談させようとはしなかった。おそらく思い付きもしなかっただろう。
結局のところ、サラにとって他人とは、境遇を哀れんで同情はできるがそのために何かをする気にはなれないという、その程度の存在でしかないのだ。それは妹ですら例外ではない。
アマンダは、リース公爵家に嫁いだ時にそれに気付いて以来、いつか姉に思い知らせてやろうと考えていた。サラが奴隷解放政策を打ち出した時、その想いはますます強くなった。
歴史に名を残すために偽善的な政策を取る姉には寒気が走るのだ。奴隷達に同情しているのは本当だろう。上から見下ろして下々の気持ちを分かった気になることは、とても気持ちの良いことだからだ。
だがサラは、その同情心から奴隷解放政策を実行する気になったのでは決してないはずだ。政策として王国にとって有意だからこそであり、そうでなければ絶対に動こうとはしなかったに違いない。なぜならば、妹である自分の時には助けようとはしなかったのだから。
無慈悲で、底なしの野心を満たすことしか考えていない女王サラ。しかし、恐らく本人は、自分がそうだとは思っていないだろう。自分は妹と一緒に悲しむことの出来るほどの妹想いで、しかも奴隷解放を志す人道的な君主だとすら思っているかも知れない。
アマンダにはそれが許せなかった。今まで、姉の本性を、他でもない姉本人に思い知らせてやる日を夢に見ていたのである。
念願叶って女王サラを鞭で散々に痛めつける快感ときたら、今までの奴隷とは比較にならないほどだった。
けれど、まだ足りない。鞭で打って平伏させただけで、まだ姉の本性を曝け出すまでには至っていない。
姉の口から自分の意思で「他人なんてどうなっても良い」と言わせるまで、アマンダの気は収まらなかった。
門を通り地下牢に着くと、アマンダの体を熱気が襲った。短いとはいえない階段を下ってきたこともあり、全身からドッと汗が噴き出てくる。
「熱いわね、さすがに……」
アマンダは熱気の元である火鉢を見ながら、焼きゴテの準備をしている奴隷の世話係に向かって言った。
これからサラの太腿に奴隷の証を焼印するのである。
「ミリア、準備は出来てるわね?」
「もちろんでございます、アマンダ様」
世話係のミリアが平伏して答えた。
彼女は下級とはいえ貴族の生まれであり、本来ならば奴隷の世話などという卑しい仕事をする身分ではなかった。自身の優れた能力に相応しい地位と権力を得ようと、リース公爵に取り入ったまではよかったのだが、その有能さ故にアマンダの嫉妬に晒されて、世話係という全く報われない役職に回されてしまったのだ。不満と怒りは奴隷達に向けて発散するしかない毎日だった。
「昨日入った奴隷への焼印はアマンダ様がおやりになりますか?」
ミリアがそう尋ねると、アマンダは一瞬考えた後に首を振った。
「いえ、いいわ。焼き鏝なんて持ってる方も熱いし。そういうことは、世話係の貴方がお似合いよ」
「…………畏まりました」
「何? 何か文句でもあるの? 次期女王足るこのわたくしに」
「とんでもございません、アマンダ様」
ミリアはアマンダに向かって深々と頭を下げた。
それを見ているアマンダの心中は複雑だ。もはや風前の灯火とはいえ、姉はまだ形式的には未だ女王の座に着いている。にも拘らず、ミリアは平然と女王のことを「昨日入った奴隷」と言い捨てたのだ。王家への忠誠心が皆無なのは明らかである。
アマンダにとって、王家の威光が通じない相手ほど、遣りにくく疎ましい存在はない。
最初は、自分と同じ年でありながら遥かに有能な彼女に嫉妬しての嫌がらせだったが、こうなるとこのまま一生飼い殺しにしておくべきだろう。
「ミリアにはずぅっと奴隷達の面倒を見て貰わなければならないのだから、焼印もミリアが押してあげるのが一番でしょう?」
「……ず、ずっと、ですか?」
顔を上げたミリアの表情には、さすがに動揺が広がっていた。
「そう。ずぅっと。一生ね。……って、何よ!? その反抗的な目は!?」
ミリアから隠しようもない殺気にも似た反感が伝わってきて、アマンダは内心で僅かに怯えながら、苛立ち紛れにミリアの頬を平手で叩いた。
「申し訳ありません、アマンダ様」
目を伏せて謝罪の言葉を述べるミリアに、若干の余裕を取り戻し、アマンダは上下関係を強調するようにミリアを怒鳴りつける。
「お前には世話係がお似合いなのよ! 分かったらさっさと自分の仕事に取り掛かりなさい!」
「畏まりました……」
ミリアは火鉢に挿して熱してある焼きゴテを持ち上げた。奴隷の意を表す記号に模られた先端部が、高熱で赤く光っており、時折りパチパチと音が鳴った。
あまりの熱気に、アマンダが二、三歩後ずさる。それでも牢屋全体を包み込む暑さのせいで全身の汗が止まらなかった。
両手と膝を鉄輪で吊り上げられたまま眠っているサラ女王が、焼きゴテの熱を間近に感じ取って、ようやく目を覚ました。
「ん……。あ、え?」
状況を理解できずにただ狼狽するサラを尻目に、アマンダがミリアに尋ねる。
「お姉様は……じゃなかった。サラは昨日気絶してからずっと目を覚まさなかったの?」
「はい、アマンダ様。随分と深い眠りに就いていました。おかげで楽に吊り上げることが出来ましたが」
「ふうん。やっぱり鞭打ちが堪えたようね」
アマンダがサラに視線を移すと、必死になってこちらを見つめてくるサラと目が合った。説明を欲しているだろうサラを見下しながら、ゆっくりと口を開く。
「そんなに怯えなくても大丈夫よ、お姉様……じゃ、ない。サラ。これからちょっと、お前の太腿に奴隷の証を焼印してあげるだけだから、安心しなさい」
アマンダの言葉に、サラは目を見開いて驚愕した。
それがアマンダには堪らなかった。我が物顔で王国を支配し大陸を席巻していた女王が、自分の言動に心底から怯えているのだ。見ているだけでも震えるほどの優越感が湧き上がってくる。打算を抜きにしても、もっと追い詰めてやりたいと思わずにはいられない。
「よかったねえ、サラ。これで晴れて正式な奴隷になれるのよ?」
笑いながら見下ろすアマンダを、サラは呆然と見上げていたが、太ももに触れそうなほど焼き鏝が近づいてくると、あまりの熱さに泣き叫んでアマンダに慈悲を乞い始めた。
「あ、熱っ! 熱い! 熱い! アマンダ様、お許し下さい! 熱いんです! アマンダ様!」
手足を拘束されていなければ、サラはアマンダの足にすがり付いて助けを求めただろう。そう思わせるほどにサラの取り乱し様は酷かった。ボロボロと涙を流し、顔を歪めて叫び続ける。
「アマンダ様! お許し下さいアマンダ様! あああ、あづいぃ!」
昨日の鞭打ちで、だいぶ苦痛に対する耐久度が落ちてしまったらしい。それだけ精神的に消耗しているのだろう。
アマンダはここぞとばかりに追い討ちを掛けることにした。
「ミリア、焼き鏝を少し引いてあげなさい」
「……はい」
不服そうにミリアが従った。彼女もまた、サラを責め抜きたいと思っているようだった。いつものように冷遇の憂さ晴らしがしたいのだろうが、しかし、職場の不満をこの国の女王にぶつけることが畏れ多いとは思わないのだろうか……。こういう得体の知れないところが、またアマンダの癇に障るのだ。
ミリアを僅かに下がらせると、アマンダはサラに向かって語り掛け始める。
「どうして焼印を嫌がるの、サラ? お前の好きな奴隷達と同じになれるなんて素晴らしいことじゃないの」
「あ、ああ……お、お許し下さい、アマンダ様。それだけは、それだけは……」
サラは恐怖で歯をガタガタ震えさせ、今にも取り乱しそうだった。
これならいける、とアマンダは本題に入ることにする。
「そうよね。奴隷の証なんていらないわよね。サラ、お前はあんな風にはなりたくないでしょう?」
アマンダはスッと、牢の隅で恐る恐るこちらの様子を窺っている奴隷達に視線を向けた。彼女達は、サラとは比較にならないほどの鞭痕が体中に刻まれている。太腿にはクッキリと奴隷の模様が焼印されていた。
「どうなの、サラ?」
「い、嫌です! アマンダ様!」
「何が嫌なの? はっきり言いなさいな。具体的に分かりやすくね」
「……や、焼印は嫌です。あんな風になりたくありません! アマンダ様! 私はあんな姿にはなりたくありません!」
「ふふ。そんなことを言っていいの? お前が解放しようとしていた奴隷達に申し訳ないとは思わないの?」
「う、うう……」
「お前は奴隷になったとはいえ、元王族であることだし、実は他の奴隷とは違う扱いをしてやっても良いと思っているのよ。どうする? お前自身に決めさせてあげるわ」
「え……。あ、あの……」
「ん? 他の奴隷と同じで良いの? 一生消えない焼印を押され、全身余す所なく鞭を打たれたい?」
「そ、そんなの嫌です……」
サラが弱々しく答えた。
もう堕ちたも同然だ。アマンダは畳み掛けるように声を上げる。
「じゃあどうしたいの!? お前はどう扱われたいの!?」
「わ、私、私は……お、王族として扱われたいです。他の奴隷と同じなのは、嫌です。王族として扱ってください、アマンダ様」
「どうしてそう思うの!? お前と他の奴隷と何が違うというの!? 大きな声で言いなさい!」
「私は王族です。女王なんです! 生まれながらの奴隷ではありません! 身分が違います! 他の奴隷と同列に置かれるのは耐えられません!」
「お前はその奴隷達を解放しようとしたんじゃなかったの!?」
「し、知りません! 私はそんなこと、もう知りません! 関係ありません!」
「あはっ! あはははははは! 遂に本音が出たわね! お前は所詮、自分のことしか考えていないのよ! 同情は出来るけど打算無しでは動かない。それがお前の本性なのよ! あはははは!」
アマンダが上機嫌で笑っている間、叫び疲れたサラは、ハアッハアッと荒い息を吐いていた。
牢の隅にいる奴隷達は、そんなサラに冷たい視線を向けていた。
一頻り笑い続けた後、アマンダはミリアに非情な命令を下す。
「さて、元女王の本音が聞けたところで、そろそろ焼印を再開しましょうか」
「はい、アマンダ様」
呆然となったサラが何かを言う前に、ミリアは素早く焼き鏝をサラの太ももの内側に押し付けた。散々焦らされて、早く焼印を押したくて仕方なかったらしい。
ジュウウゥゥと肉の焼ける音がして煙が巻き上がる。
「うごおおおおおっ!」
有らん限りの力を振り絞ってサラが絶叫した。
ミリアは焼き鏝をすぐに離したりせずに、しばらくの間、押し付けたままにしていた。
「んぎいああああ!」
だんだんと煙は小さくなっていき、肉の焼ける音がほとんどしなくなっても、極限の絶叫は衰えることなく続いた。
サラの股間から尿がほとばしる。勢い良く放たれて焼き鏝に降りかかった尿は、ジュッと瞬間的に蒸発した。放尿がチョロチョロとだけ出るくらいに弱まった頃、ようやく焼き鏝が太ももから離された。
「あ、ああ…………」
サラは白目になり口から泡を吹いて、涙だけでなく鼻水までも垂れ流して顔をグチゃグチャにして気を失った。
「おや? 気絶してしまったの?」
「その様です、アマンダ様。まだもう片方の太ももが残っていますが、どうされますか?」
「決まっているじゃない。分かっているでしょう、ミリア。遠慮せずやりなさい」
「畏まりました」
ミリアは無慈悲に反対側の太腿にも焼き鏝を押し付けた。
ジュウウッという音と共に、サラが目を覚まし再び絶叫する。
「ぎゃあああああっ!」
焼き鏝を離されると、しばらくガクンガクンと大きく身体を震わせた後、サラはまたもや意識を昏倒させた。焼印はそれほどまでに肉体に負担を強いるのだ。
「もうこれで、どう転んでもお姉様の復権はないわね、ミリア」
アマンダがどこか安心したように言った。
「はい。焼印を押された以上、奴隷として一生を終えるより他はありません。だからこそサラも必死だったのでしょう」
「そう、ね。後はわたくしが女王の座に着けば、全てが上手くいくわ」
「はい。その頃には、サラも奴隷らしくなっているでしょう。そうですね、アマンダ様が女王になったら、サラを王城に引き連れていくというのはどうでしょうか」
「え……?」
「山賊に捕らえられた後に奴隷として売られていたのを保護した、ということにすれば問題はありません。サラに奴隷の焼印があり、しかも身も心も奴隷そのものになっていると知れば、親サラ派の家臣も諦めてアマンダ様に忠誠を尽くすことでしょう」
しばし呆然となってから、アマンダはニヤリと笑った。
「良いわね、それ。前女王が鎖に繋がれて素っ裸で王城を引き連れ回されるなんて面白そうね」
「ありがとうございます。その時にはぜひ私も同行させて頂きたく思います」
それが狙いか、とアマンダは急速に興奮が冷めていくのを感じた。ミリアはミリアで、世話係からなんとか抜け出そうと必死のようだった。
しかしアマンダは、早くサラを王城に連れて行って恥を与えてやりたかった。そのためには、サラが身も心も奴隷に堕ちなければならないのだ。有能なミリアが調教にやる気を出すに越したことはない。
「いいわ。王城に連れて行くだけならね」
「ありがとうございます。アマンダ様の女王戴冠の日までには、サラを完全な奴隷にして御覧に入れます」
「そう日はないわよ。そんなに早く出来るかしら? ちゃんと仕上げないと、家臣の前へ出た途端に我に返られでもしたら面倒よ」
「ご安心ください。今回のことで、サラが他の奴隷達に買った反感は生半可なものではありません。私のいない時は先輩奴隷に相当絞られるはずです。調教は予定よりも大幅に繰り上げることも可能でしょう」
「……ふうん。奴隷同士のことなんて良く分からないけど、お前がそう言うのならそうなんでしょうね。精々がんばりなさいな」
「はい、遣らせて頂きます」
ミリアの言うとおり、奴隷達のサラを見る目には、強い憎しみの光が灯っているようだった。
サラの奴隷としての人生はまだ始まったばかりである。
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