第四話・鞭打ち

 目的の港に着くまでの間、海賊は何度も私を呼び出して、辱めを与えた。
 泣き喚けば解放されるのなら喜んで泣き喚くが、しかし現実はそうじゃない。私は懸命に自分を保ち、気丈に振る舞った。時には海賊を睨み付けたりもした。
 そんな私の態度を彼らは面白がっていたが、何日か経つと、だんだん目障りになってきたようだった。

 5日目の輪姦中、海賊のキャプテンが声を荒げた。
「いい加減にしやがれ!」
 私は突き飛ばされ、床に倒れ込んだ。
 キャプテンが不機嫌なのは分かっていたが、まさかいきなり暴力を振るわれるとは思っていなかったので、正直なところ、かなり動揺した。
 それを誤魔化すために私は普段以上に強く言い返した。
「私を高く売りたいのなら、傷が残るようなことは慎みなさい! 感情に任せてばかりいても損をするだけよ!」
「なんだと……!」
 キャプテンは言葉に詰まった。

 後から考えると、怒りのあまり声を失ったに過ぎないのだが、この時の私は、『図星を突かれて反応に困っている』と思い込んでしまい、さらに言い募った。
「お金が欲しいんでしょう? だったら、私の家に遣いを出しなさい。我がノース侯爵家は実利主義を信条としているわ。財政的にも豊かだし、常識的な範囲の身代金なら、払わない理由はない。報復なんていう実益のない行為にも興味はないはず。あなたたちが恐れることは何もないのよ。どうすれば一番 儲けられるか、少し考えれば分かるでしょう?」


 キャプテンは苦笑して、周りの海賊たちに向かって言った。
「おい、聞いたか? 今日も貴族様がご高説を垂れやがった。何回も何回も同じことを、ご丁寧によ。よほど俺たちが馬鹿に見えるらしい」
「そんなつもりで言ったわけじゃ――」
「てめえは黙ってろ!」
 キャプテンに顔面を蹴り付けられて私は再び床に伏した。
「うっ」
 鼻の奥に、刺すような痛みが走る。
 唇や顎に違和感があったので手を当ててみたら、ぬるりと滑った。掌が真っ赤に濡れているのを見て、鼻血が出たことに私は初めて気付いた。

 周りの海賊たちが笑い声を上げた。
「うぅ……」
 泣きたいわけじゃないのに涙が溢れてくる。
 熱い雫が頬を伝うのは、屈辱に負けたからではなく、鼻血による影響に過ぎない。そう思いたい。
 鼻血を出しそれを笑われて悔し涙を流しているのだとしたら、惨めにも程がある。自分がそんな状況にあるだなんて認めたくはない。

 キャプテンは膝を着いて私の髪を掴んだ。
「貴族様はこれだから気に入らねえんだよ。何でも金で解決できると思ってやがる。海の上じゃ お前らの論理は通用しないってことがなぜ分からない?」
「う、ぐ……」
 髪を引っ張られ、私は無理やり顔を上向きにされた。間近でキャプテンと顔を寄せ合う形になり、たまらず目を逸らす。

 なぜ、こんな風に責められなければならないのか。
 私が繰り返し同じ言葉で説得するのは、彼らが聞く耳を持たないからだ。正しい現状認識をさせるためであり、最善策を提示するためでもある。
 身代金を要求すれば大金が得られる。
 そんな簡単なことがどうして分からないのだろうか。
「お前、俺たちのことを馬鹿だと思っているだろう? 確かに教養はないし、文字すら読めねえよ。まともな教育なんか受けてねえ。お前から見れば、さぞかし馬鹿に見えるんだろうな」
「い、言い掛かりよ。私は――」
「口に出さなくても分かるんだよ、そういうのは。お前みたい奴は何人も見てきたからな。自分は頭が良いから、能無しの海賊なんて口先で丸め込める。そう思ってんだろ? 胸の奥に復讐心を滾らせながらよ。自由の身になったら、討伐隊を繰り出すつもりなんだろ?」
「復讐なんて……」
 背筋がゾッとした。心の中を覗き込まれたような気分だった。
「顔に出てるぞ。なんで目の前の馬鹿がそこまで見通せるんだってな」
「…………」
「なんでも思い通りになると思い込んでる貴族様に、ひとつ現実を教えてやるよ。鞭打ちだ」
 キャプテンが立ち上がり手下に合図をすると、数人が一斉に動き出した。
 あっという間に私は うつ伏せの状態で押さえ付けられてしまった。
「や、やめなさいっ!」
「まだそんな言い方しかできねえのか。先に教えといてやるが、これは、メイドが受けるような軽い鞭打ちとは訳が違うぞ? 刑罰用の鞭だからな。痛みは比じゃねえし、傷痕は一生 残る。これを受けた奴隷はみんな従順になるんだよ。激痛のせいもあるだろうが、鞭跡で自分の立場を思い知らされるってのも大きいだろうな。今のお前には丁度良い罰だろう?」
「嫌……やめて……」


 暴れようとしても、手足を海賊たちに押さえられていては動けない。
 でも、どうだろう。私を高値で売ろうとしているのに、鞭跡が残るようなことをするだろうか?  ひょっとしたらこれはただの威嚇かもしれない。
 その予想が私に少しだけ余裕を持たせていた。
「なんかゴチャゴチャ考えてるみたいだな。そういうところが気に食わねえんだよ」
 うつ伏せに固定されているせいで、キャプテンの動きを見ることはできなかった。けれど、私の手足を押さえている海賊たちが息を呑んだことで、キャプテンが振りかぶったであろうことが分かった。
「思い知れ!」
 憎しみが込められていそうな声と共に、空気を裂く音が鳴る。
「…………!」
 背中が弾け飛んだかと思う程の衝撃に全身が硬直した。
 しかしそれは、肌を引き裂かれた痛みに過ぎなかった。
 鞭によって切れ目を入れられた背中の筋肉が悲鳴を上げたのは、数瞬 遅れてのことだ。そしてそれこそが、鞭打ちによる本当の痛みだった。

 私は大きく息を吸った。
 意識してのことではなく、絶叫の前段階として身体が勝手にやっていることだった。
 ゆっくりと限界まで肺に空気を取り込む。
 ともすれば平常時の深呼吸のようにも見えただろうが、次の瞬間に私の口から放たれたのは、日常で耳にする類の音では決してなかった。

 絶叫と言うより奇声と言った方が近いかもしれない。かすれ声をそのまま大音量にしたかのようで、自分の喉から出ている音だとは信じられなかった。
 すぐ隣で叫んでいる人が居るんじゃないかと本気で疑った。私は大きく口を開けており、力の限り叫んでいるのだが、そのことを自覚していても なお自分の声だとは思えなかった。

 奴隷の証とも言える鞭跡を身体に刻まれてしまったら、たとえ故郷に戻れたとしても、どのように生きていけば良いのか。縁談なんて成立するはずはない。どころか、私という存在をノース家は ひた隠しにするのではないか。
 そんな重大な問題も、激痛の前では些細なことでしかなかった。どうでも良いとすら思う。
 この苦痛から逃れられるのなら、すべてを差し出しても構わない。

 叫んでいる間、私の身体は何度も震動した。
 本当なら転げ回りたいところだったが、海賊たちに手足を押さえられているため、その程度の動きしかできなかった。

 激痛は徐々に引いていき、さらに何秒か経つと、喉の震えも収まった。
 とはいえ、耐え難い苦痛は当然 続いている。

 身体が自由になっても痛みが和らぐわけではないだろうけれど、とにかく暴れ回りたい欲求が強烈で、私は彼らに拘束を解くよう要求した。
「ぉ、ばっ……ぐ、ぎぃっ……!」
 全く言葉になっていなかった。
 力を絞り尽くした喉は もう満足に動かなくなっていた。

 鞭跡は熱を持つようになり、これまでとは別種の苦痛を生み始めた。
 背中に焼き鏝を押し当てられているかのようだ。
「ひっ、ひっ、ひっ」
 私は涙をボロボロ流しながら、泣き笑いのような引き攣った声を上げた。
 まともに喋ることも叶わず激痛に曝され続けている我が身が哀れで、余計に泣けてくる。

 ふと、尿の臭いが鼻を突いた。
 下半身に意識を向けてみると、太ももが濡れていることが分かった。今まで気付かなかったのが不思議だった。
「ションベン漏れてるぞ、貴族様!」
 海賊の誰かがそう言うと、一斉に笑い声が起きた。

 私は、感情の高ぶりを抑えるため、大きく息を吐いた。
「ぶふぅっ!」
 泣いている最中だったせいで、ひどく不格好な音を出してしまった。

 海賊たちの笑い声が一層 大きくなった。

 背中を血塗れにしたまま船倉に戻されることはさすがになかった。
 私は一室を与えられ、そこで一晩 寝ることを許された。
 ひとりの時間は久しぶりだったが、痛みはなかなか引かず、うつ伏せで悶え続けるしかなかった。
 夜になると高熱に うなされるようにもなった。
 深い傷を負えば発熱するわけで、それゆえに個室で休めるようになったのだろうが、身体が重く睡眠もほとんど取れず、辛い日々が続いた。

 短い睡眠時間の中で何度か同じ夢を見た。
 かつて私の家に居た庭師の息子が、飛竜に乗って助けに来てくれる夢。
 夢の中の彼は、最後に会った時と同じ幼い顔立ちをしていたけれど、この船に降り立つと、ひとりで何人もの海賊を斬り倒し、私に手を差し伸べてくれた。
 その手を掴もうとすると いつも目が覚める。
 きっと、そこで身体に力が入ることにより鞭跡が刺激され、意識が覚醒してしまうのだろう。
 うつ伏せの状態で起きた私は、背中の痛みで現実を思い出し、少しだけ泣くのだった。

 療養している間も海賊たちに犯された。
 四つん這いにされ、後ろから肛門を貫かれた。男に突かれるたびに鞭跡が痛み、時に私は悲鳴を上げた。
 しかし動きを止める者は誰ひとり居なかった。
 むしろ面白がって、わざと荒々しい動きをする者すら居た。

 屋敷の使用人は私の機嫌を窺うばかりだったと言うのに、彼ら海賊は私の気持ちなんて全く考慮していなかった。
 もちろん、立場が違えば態度が違うのは当然だろう。理屈としては分かる。
 ただそれでも、こうまで思い通りにならない人間がこの世に存在するとは思わなかった。
 使用人は何でも言うことを聞いたのに、なぜ海賊は私に逆らうのか。頭では分かっていることだが、どうにも納得がいかなかった。
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