第六話・夏姫の悪行

 次の日からはバイクに乗ったレディースが学校まで連行しに来るということはなかった。だからといって、別に開放された訳ではない。今日からは自分の足でアジトの廃工場に向かわなければならないのである。
 もしも学校が終わってもアジトに行かず帰宅してしまうとする。おそらく、その日だけは平穏な日が戻ってくるだろう。しかし次の日の朝には、登校途中にレディースによって拉致されて、またあの暴走族仲間達に輪姦されてしまうのだ。
 あんな痛くて気持ち悪い行為は二度と御免だ。私には、虐げられることが分かっていながらもあの廃工場に向かうしか道はない。
 学校の授業が終わり、自転車を一時間近く漕ぎ続けてようやくアジトに着いた頃には、すでに辺りが暗くなり始めていた。いつもなら塾で勉強に精を出している時間だ。
 レディースにいつまでも関わっていると、人生そのものが狂ってしまうかも知れない。なんとかしなくてはならなかったが、今のところどうにもならないのが現状だった。
 家に篭もりでもすれば、あるいは彼女達の魔の手から逃れられるかも知れないが、そんなことをしたら自宅に乗り込まれる可能性すら出てくる。警察沙汰になればそれこそ人生が終わりだ。輪姦されたことが家族に知られるだけでなく、警察を介して近所や学校にまで伝わる恐れがある。そうなったら、それこそ本当の引き篭もりになるしかない。
 私は諦めの気持ちを抱きながら廃工場の扉を開けた。
「失礼しますっ! 春香、入ります!」
 お腹から大声を搾り出して中に足を踏み入れる。
 真面目な優等生で通っている私は、大きな声を上げるだけでも恥ずかしさが込み上げてくる。だけど気後れしている暇はない。早く制服と下着を脱ぎ捨てて全裸にならないと、あの恐ろしい特攻隊長に竹刀でぶたれてしまうのだ。
 工場の隅でいそいそとセーラー服を脱いでいると、下品な笑い声を上げて談笑していたレディース連中の中から、夏姫が抜け出てこちらに寄って来た。
「春香、元気ぃ?」
 私をこの地獄に引き摺りこんだ張本人が、ぬけぬけとあどけない笑顔を向けてくる。憎らしいだけでしかない夏姫の顔は、悔しいけど私の目にはかなり可愛らしく映る。中学生らしい幼さがそれをより惹き立てていた。
 私はあまり染めた髪というのは好きではないが、夏姫に限ってはショートカットの茶髪がよく似合っているように見える。もっとも、彼女のような美少女ならば、どんな色に染めていようともそう見えるのだろうけど。
 私も容姿には相当の自信があるが、夏姫と比べてどちらが上かというのは判断が難しい。見る人の好みによって差が出るくらいだろうか。
「元気かって聞いてるじゃんよー」
 夏姫が上機嫌で私に話し掛けてくる。
 ごちゃごちゃと色んな物が置かれて死角のたくさんある工場の中では、どこから特攻隊長に見られているか分からない。私は脱衣を続けながら「元気です」と短く答えた。
 セーラー服とスカートを脱いで、ブラも外す。汚い地面に置いたカバンの上に、脱ぎ捨てた衣服を重ねていく。
 激しい羞恥心のせいでみるみる顔が火照ってくる。女しかいないとはいえ、他の人達はみんな普通に服を着ているのだ。恥ずかしくないはずはない。
 真っ赤になりながらショーツに手を掛けて膝小僧まで引き下げた時、いきなり夏姫に髪を引っ張られた。
「あうっ。い、痛い、です……」
「この私が聞いてんだから、ちゃんとこっちを見て話しなさいよ」
「す、すみません」
「まったく馬鹿なんだから。もういいから、ちょっとこっちきな」
 夏姫は私の髪を掴んだままグイグイと引っ張って歩き出した。
「あっ、まっ……」
 何が何だか分からず、私は中腰のまま夏姫に合わせて移動する。膝にショーツが引っ掛かっているため、チョコチョコと足を小刻みに動かさねばならなかった。
 私の情けない動きを見たレディース達から、失笑の漏れる声が聞こえてくる。
 ただでさえ屈辱的な仕打ちだったが、耐え難いことに私を引っ張っているのは年下の女子中学生なのだ。あまりの恥辱で目に涙が溜まる。
 工場の真ん中あたりまで連行されてから、やっと髪が離された。
「ううっ……」
 私は泣きそうになりながら膝で丸まっていたショーツを足から抜き取った。埃だらけの地面に直で置くのを躊躇い、そのまま下着を手に持っていると、天使のような笑みを浮かべた夏姫に奪い取られてしまった。
「これは私がブルセラショップに売り払っといてあげる。今日はノーパンで帰りな」
「……はい」
 当然、それで手にしたお金が私に渡されることはないのだろう。分かっていても私は頷くことしか出来なかった。
「今日はお前に先輩奴隷を紹介してあげようかと思ってさ。こいつら見なよ」
 そう言って夏姫は私から視線を外し、横に並んで正座している三人の女の子の方を向いた。
 体操服にブルマーという格好をしている彼女達三人は、膝と肘にバレー選手が使うプロテクターを付けていた。埃と砂に汚れた硬いコンクリートの地面に直接正座しており、大分足に負担が掛かっているように思える。事実、彼女達の顔は苦渋に満ちていた。
「私も中学に入ったばかりの頃は、普通の学生生活をエンジョイしようと思ってたんだよ」
 夏姫がなぜか得意気になって三人を見下ろしながら、得々と語り始める。
 私は昨日仕込まれた通り、直立不動になって話を聞いた。
「それで、バレー部に入ったわけ。なんていうか、青春っぽいでしょ? バレー部ってさ。『コーチ!』、『夏姫!』みたいな。それがさあ……いざ入ってみると、こいつらが先輩面して偉そうにしてんの。どう思う?」
 いきなり話を振られて、私はしどろもどろになりながら口を開く。
「こ、この人達はバレー部の先輩だったんですか?」
「うん、そう」
「えっと……」
 ならば先輩面するのは当たり前ではないかと思ったが、まさかそんな突っ込みを入れるわけにはいかない。
 なんと切り返せばいいか考えていると、幸いなことに夏姫が勝手に話を戻してくれた。
「んで、入部初日に新人歓迎会だとか言って、シゴキにシゴいてくれたわけ。こいつらみんな竹刀を持って、延々と筋トレをさせられている新入部員のケツをぶっ叩いていったの。舐めてるよねえ。この私を誰だと思ってるんだっての」
 正座している三人組は身動きひとつせずに夏姫の話を聞いていた。
 おそらく、彼女達はそれほど凶悪な性格をしているわけではないだろう。自分たちが入部した時にされてきたことを、上級生になってから新入部員にやり返しただけなのだ。
 立場を利用して好き勝手するのは決して褒められることではないが、それは彼女達だけの責任ではない。誰だって、大義名分を手に入れることでたやすく残酷な面を剥き出しにしてしまうものなのだ。この場合の大義名分には、部の伝統だとか先輩後輩の上下関係だとかがそれに当たる。
 彼女達にしてみれば、誰でもやっている指導という名の後輩イジメを行っただけである。
 しかしまあ、やられた方にしてみれば堪ったものではないだろう。どこにでもあることだと諦める者もいれば、ふざけるんじゃないと不満に思う者もいる。後者の中に夏姫がいたことは、上級生にとって不幸だったというしか他はない。
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